それでもいい、っか。

例えば、身近な人が不幸の底で苦しんでいるのに、
より自分に近くない人たちに
幸せになってもらうために、何かをする。

これって、意味があることなんだろうか・・・

そんなことを考えていた、今日この頃デシタ。





何のために、私は、こんな思いをして、
音出す人生を選んでいるのか・・・
その答えを、私に授けてくれるのは、
演奏を聴いて下さる方の、穏やかな笑顔だったり、
生徒さん方の、納得した頷きだったり、
一緒に音を出す人の、「楽しいね~」の一言だったり、
それがあるから、音を出し続けていられるのだし、
昨日よりも今日、今日よりも明日、
自分しか出せない音を、より深めていきたい、と、
険しい道だけど、自分に課していく勇気が湧くのでしょう。

生徒Aさんも、生徒Bさんも、
生徒Bさんと今日だけ一緒にいらしたBさんの生徒さんも(ちょい複雑?)、
生徒Cさんも、今日初めてチェンバロを弾いた体験受講のDさんも、
本当にありがとう。 なんか、ふっきれた。
[PR]

by cembalonko | 2009-09-17 23:35 | 日々のいろいろ | Comments(0)