ドMなすみれちゃん

すみれが草原に咲いていた。
誰にも知られず、ちっちゃく身をかがめて。
それは可愛らしいすみれだった。

羊飼いの女の子がやってきた。
足取り軽やかに、元気いっぱいに、
草原のほうへとやってきて、歌った。 ~ ♪ ~ ♪ ラララ~

「ああ」とすみれは思った。
「ぼくが世界でいちばん美しい花だったらいいのに!
せめて、あの愛しい子に摘まれて、
そのむねにぎゅっ、と押しつけられるまでの
ほんのちょっとの間だけでも」

ああ、しかし少女は、すみれのことなどまったく気付かずに、
すみれを踏みつけた!かわいそうなすみれ!
すみれは倒れて、死んでしまった・・・
でも、嬉しかった。
「あの娘の足に踏まれて天国にいけるのなら本望さ!」

(かわいそうなすみれ・・・ それは可愛らしいすみれのお話でした。)

    === 「Das Veilchen」 J.W.ゲーテ作 ペータース版モーツァルト歌曲集より 渡邊温子訳=== 


私がピアノを弾かなくなって、残念に思うことの一つは、
リート(歌曲)の伴奏が出来なくなったことですが、
最近、チェンバロでやってみたい、との依頼で、
作曲者の意図を大きく崩さない程度に手を加えながら
トライする場面があります。
(もともとピアノを想定した作品ですから、
チェンバロで弾く時点で、それは作曲者の意図に反している訳ですけれども)

今週末、モーツァルトの歌曲を2曲演奏しますが、
この「すみれ」は、リート伴奏の奥深さに
初めて目を開いてもらった曲でもあります。
学生時代に小林道夫先生の伴奏法で取り上げられた作品でした。

たった2分弱の曲なのに、オペラ1幕分くらいの「宇宙」が凝縮されています。

音は少ないのに、どうしてこんなに的確に、
舞台背景が作れるのか!
モーツァルトって天才!ってのは分かっているけれど、
「すみれ」を見ると、その凄さを再認識します。

例えば上の詩で、少女がラララ~って歌っているところ。
ここは、歌が一旦完結し、間奏になるのですが、
少女が楽しそうにハミングしながらスキップしてくる情景が
目の前に現れますからね。楽器だけで演奏しているのに!

ただ、この曲を演奏するにあたって、
彼女に踏みつけられちゃっても幸せっていうところに
素では感情移入出来ない私がどこかにいるのです・・・
(あ、私は黒子だから感情移入しなくってもいいのか・・・な?)

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ 

3月28日は、まだまだ桜も綺麗と思われます♪
1500坪の庭園に桜が見事な、成城の隠れ家的洋館に、
ドMなすみれちゃんの歌を聴きにいらっしゃいませんか?

風流楽・春のコンサート
~桜色の風によせて~ 花にまつわる物語&音楽の世界
2010年3月28日(日) 11:30開演/14:00開演 (2回公演)
松本記念音楽迎賓館


朗読 野田香苗  ソプラノヴォーカル 千曲風羽  チェンバロ 渡邊温子

朗読と音楽 (音楽構成&作曲&編曲 渡邊温子)
散らない桜の木(光原百合 作)
アラカルトの春 (O.ヘンリ 作 大久保康雄 訳)

すみれ (モーツァルト作曲)  鳥たちは毎年 (モーツァルト作曲)
恋のうぐいす (ラモー作曲)  春に (グノー作曲)    ほか 
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by cembalonko | 2010-03-25 09:01 | 音楽 | Comments(2)

Commented at 2010-03-29 23:06 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by cembalonko at 2010-03-30 21:01
愛には犠牲が伴う、とか、
苦しむからこそ、報われるものも大きい、とか・・・
おっしゃるように、常套句としての愛のテーマなのかもしれません。
どっぷりその世界に入り込んで、一緒にその甘美を味わう、といった
その時代ならではの、読み手に求められた
鑑賞の「流儀」があったのかもしれませんね。