お別れのとき

私は、いい顔をしていただろうか。
夜帰ってくる夫に「いってらっしゃい!」と言った時。
毎週やってくる生徒さんに、「また来週ね!」と言った時。
ひと月に一度訪ねる実家の親に「じゃあ、また来るからね~!」と言った時。
一年に一度しか会えない海外の友人に「See you then! Take care!」と言った時。

海外で生活した経験があると、
「知り合い」から「心の友」となる人たちもいる。
でも、ずっとそばにいられるわけではなくて、
私が日本にもどってきた後は、当然、
お互いに別の場所で別の生活を送りながら、
お互いのことを思いやる時間の方が長くなる。

年月が経つと、数年に一度くらいその「心の友」を訪ねる機会も出来、
現地で、彼女(彼)との再会を喜び合えることもある。
でも同時にそれが、その彼女(彼)とまみえる
最後の時になるということも、増えた。

そして、不思議なことに気がついた。
海外の友人を訪ねて、いよいよ帰国する時、
ある時は友人の家で、ある時はカフェで、
ある時は空港で交わした「See you!」が
期せずして、最後の別れの言葉となってしまった人は、
だれもが、とびきりの笑顔・晴れやかな表情で
見送ってくれていたということに。
心の中には言いようのない寂しさを湛えているにもかかわらず、
「元気でね。」と・・・
「I miss you…」と涙・涙でさよならを言った人とは、実は
また会えている。

心の家族としか言いようのない友人との悲しい分かれが、
この年始にもあった。
去年の夏に会って、お別れした時の、その方の
穏やかさ、その方らしい立ち居振る舞い、ユーモア、
そのすべてを含んだとびきり素敵な表情が、
スナップ写真のように、私の目に焼き付いている。

年齢が上になればなるほど、
自分にいつ何があっても・・・という覚悟のようなものが、
日常的に出来てくるものなのかもしれない。
しかし人間はいつか、
誰とも会えない所に行ってしまう、ということは、
老いた者にも若き者にも全く平等に訪れる真実。

私は、そんなこと、普段は忘れている。
でも、考えざるを得ない事実に、どきっ、と
たびたび遭遇する年代になった。

私は今日、またすぐ会うはずのだれかとお別れした時、
いい表情をしていただろうか。
本当に今夜、本当に来週、本当に来月、本当に来年、
確実にまたその人と会えるなんて、
誰も約束することはできない。
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by cembalonko | 2013-01-10 09:09 | 日々のいろいろ | Comments(0)