身体の意識を消すこと

今日は午後中、リハーサルだったのですが、
「練習したはず」「こういう風に弾くことに決めたはず」
と思っていたのに、全く意志が指先に伝わらなくて、
なかなか辛い思いをしました。

以前の私なら、この「伝わらない」テンションのままでも
弾けるようにならなきゃダメ、と、
いつまでもあがいていたと思います。
でも、それは間違っている。
最近、ようやく気が付きました。

でも今日のところは、残念ながらその「伝わらない」テンションから
最後まで抜け出すことが出来なかったのですが。

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昨日の古武術の稽古で、
師範が、私に組み型の稽古をつけてくださっている時に
おっしゃった言葉がありました。

「身体の意識を消すのは、身体を生かすためである」

何にも囚われのない状態は、無限の可能性を秘めている、ということ。

じゃあ、私は何に囚われているのかというと、
動きを予測したり、相手の力を推し量ったり、
人間の本能として、当たり前のようにいろんなことを「意識」している。
「意識」の大半は、この世に生まれてきてから、
経験や教育によって培われた、大脳の働きなのだ。

自分が、大脳でイメージできることしかできなくなること。それが、すなわち
「囚われのある状態」。
大脳の働きを消す=自分が「身体」と思っている物体をも消し去ってしまう。
そして自分が対面している相手も。
そうすると、本来人間が持っている、
自由で、文字通り「想像を超えた」能力を発揮させることができる。

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今日の私、というか、これまでの自分はずっと、
こう弾きたい!という心から湧き上がってくるものよりも
弾こうとする「身体」に、意識がありすぎることが、圧倒的に多かった。
指や腕だけではない。身体全体をコントロールしようとする意識に支配されてた。

「身体の意識を消す」ことは、訓練しなくてはできるようにならない、
と師範はおっしゃっていたけれど、
石の上にも三年。私は古武術を初めて七年になり、
「できたかな?」と思う瞬間も少しずつ増えてきました。
「早くもっと進歩したい!」という気持ちはムラムラ湧き上がりますが、
それは別の「囚われ」になってしまいますので、
今日はこれで良いことにします。Good Night☆

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by cembalonko | 2014-06-17 23:24 | 古武道 | Comments(0)