本に萌える

図書館から借りてきた中に、こんな本があった。

紙は少し変色してはいるものの、薄くてしっかりしている。
表面はつるつるしていて、ページをめくると、古い本の独特の匂い。
この匂いは、どこから来るのだろう。
ページは白い糸で綴じてあり、
図版は細い糊しろで手貼りしてあるようだ。

これは、1903年に出版された、ドイツのある町の音楽について書かれたもの。

書き出しは、こんな感じだ。

「ああ、この劇場の緞帳に描かれたアポロ神が、音楽について語ってくれるなら。
モーツァルトがドン・ジョバンニを作曲して2年、
魔笛はまだ生み出されていない頃から
この劇場に掲げられていた、このアポロ神の口が、
その時代について語ってくれるなら!」

この本に挿入された最初の図版は、1789年に描かれた
その町の劇場の緞帳のデザイン画で、
見開き2ページに渡って美しい版画が貼り付けられていた。

その図版と書き出しの言葉を見て、私の思考はぐるぐる、時空を越えた。

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21世紀の極東の国にいて、
300年前の西洋の音楽のことを知りたくて、ふと開いた本から、
100年ちょっと前にいた、自分と全く同じ思いを持った人に 出会ってしまった。

私がもしこの町を訪れて、彼と同じようにこの「歴史の生き証人」の緞帳を見たら、
きっと彼と同じようなことを思うだろう。

100年前の彼の目に映っていたその緞帳は、しかし
20世紀半ばの戦災で、劇場もろとも焼け落ちてしまって、
今はもう、ない。

だから私には、彼が見ていたものを、
彼の思いを通して見せてもらえたことに、
感謝の気持ちと、同志を持った心強さのような感情が湧いてくるのだ。

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何かを調べようと思ったら、ネットでほぼどんな情報でも手に入る時代に、
私はこうして、実際に手に取ることのできる、
手をかけて丁寧に作られた、人の思いを運ぶ本に 萌える。

学術研究書なら 出典は確かか、とか、
新しい研究成果が盛り込まれているか、とか、
その価値は もっと違うところで判断されるのかもしれない。
でも この古い匂いのする 印字も挿絵も選び抜かれて
丁寧に綴じられた 重たい本を手にしたときに、
情報ではない何かが 私には伝わってくる気がする。

本は、情報源であるだけではない。
本は、夢やイマジネーションを運ぶタイムカプセルにもなり得る。
その装丁も表紙や紙の質感も、
言葉ではない何かを 伝えているものだと思う。

積読本は増え続けても、本に萌える心は抑えられない。
その本当の理由は、本の向こうにいる同志や親友や恋人を
探しているから かもしれない。
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by cembalonko | 2015-05-15 22:38 | 日々のいろいろ | Comments(0)