一日一個の取材準備 総集編 前編 (チューリッヒほか)

6月19日から30日まで、ヨーロッパへの取材旅行に行くことにいたしました。
その準備として、Facebookに「一日一個の取材準備」と題して
投稿したものを、こちらにまとめました。

一日一個の取材準備(1)チューリッヒ

チューリッヒの聖母聖堂には、シャガールが描いたステンドグラスがあります。
(情報提供:廣澤麻美さん)
こちらのリンクから360°のパノラマが見られます。

1953年にジュネーヴのオルガン工房によって作られた
ロマン派オルガン(79ストップ、4段鍵盤+ペダル、のちにフェルンヴェルクが拡張)は、
マルセル・デュプレがストップの起草をし、お披露目演奏もしたのだそうです。

このサイトすごい!
チューリッヒのオルガンが設置場所・オルガンのタイプ・製作者などで検索できます。

一日一個の取材準備(2)ケーテン

J.S.バッハは1717年から1723年まで、
ケーテンの宮廷楽長を務めました。
平均律クラヴィーア曲集、無伴奏チェロ組曲、
無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ&パルティ―タなど、
彼が器楽曲の名曲を書いたケーテンの町のバーチャル街歩き!

一日一個の取材準備(3)ハノーファー

ヘーレンハウゼン庭園
ヘンデルがロンドンで本格的な音楽活動を展開するきっかけは、
ハノーファー選帝侯に仕えたこと。この庭園(と宮殿)はヘンデルが仕えた
ゲオルク・ルードヴィヒ(のちのイギリス国王ジョージ一世)の父
エルンスト・アウグストが整備したもの。
もちろん復元されたものではありますが、
ヘンデルは少なくともこの場所に立ったことはあるはず。

一日一個の取材準備(4)マグデブルク

テレマンが生まれて13歳くらいまでを過ごした町。
一般的には、神聖ローマ帝国初代皇帝オットー1世の縁の地として有名。

大聖堂・・・ドイツ初のゴシック建築。937年に初代神聖ローマ皇帝オットー一世が聖マウリティウスにささげた修道院として設立、968年に大聖堂(大司教座)となった。当時イタリア北部から運ばれた斑岩・大理石・グラナイトなどで作られた柱が現在でも聖堂の内部に残っている。973年にオットー帝が亡くなり、この大聖堂に埋葬。
1207年に大火事で聖堂が激しく破壊されたのち、アルブレヒト2世が新たな聖堂を建てることを決定。1362年にゴシック様式の聖堂が完成、1520年に高さ104メートルの西側の2つの塔が完成。
1524年、マルティン・ルターが何度か説教に訪れ、大聖堂はルター派に転じる。明るい石造りの空間と、あらゆる時代・あらゆる国の美術品がこの聖堂の見どころ。オット一世とその妻エドギタの石棺、ローマ時代の銅の墓碑板、初期ゴシックの砂岩彫刻(正面入り口の『賢い乙女と愚かな乙女』)、14世紀の聖職者席の彫刻、ルネサンス時代の絵画、20世紀バルラッハ作の記念碑など。

一日一個の取材準備(5)リューベック

リューベックでは、バッハが強い影響を受けた巨匠ブクステフーデが、
聖母マリア教会のオルガニストを務めていました。
バッハは彼の主催していた音楽会「アーベントムジーク」を聴くために、
徒歩でリューベックに赴いたのです。
ブクステフーデの時代、リューベックの町には5つの主要教会があり
(聖母マリア教会、聖ヤコブ教会、聖ペトリ教会、聖カタリーナ教会、聖アエギディウス教会)、
それらはすべて、まだ残っています(建物は戦災に遭ったところもある)。
聖アエギディウス教会の周りは、13世紀に始まったベギン会修道院ゆかりの建物を生かして、
1990年代から社会福祉住宅として使われているとのこと。

後編につづく・・・
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by cembalonko | 2015-06-14 15:00 | | Comments(0)