一日一個の旅の準備 アビニョン編

突然ですが、12日から19日までフランスへ行って参ります。
遡ること半年前、ポーランド・エアの成田―ワルシャワ―パリ便開始時に、
瞬殺だった超格安チケットを、夫が脊髄反射的にポチ!してしまったことから、
この旅行が決定。
でも、ヨーロッパに行くからには、タダで帰ってくるわけには行きません!
そこで、急遽あとづけ取材旅行を敢行することに。
パリーアヴィニョンーアルルーパリーヴェルサイユ―パリ
という強行スケジュールが出来上がってしまいました。

出発も間近ですが、今日はアヴィニョンについて、ちょっとメモ。

その前に、なんでアヴィニョンなのか・・・?

一年前に上梓した拙著『古楽でめぐるヨーロッパの古都』第2章に、
でてくるんです、アヴィニョン。

p.40より「(ニコシア王ピエール一世〔在位1359-69〕は)エジプトのアレクサンドリア攻略を企て、その軍資金集めのためにヨーロッパへ三年にわたる旅行を行い、教皇や各国の国王たちを歴訪しました。年代記作家のフロワサールは、ピエール一世が当時教皇庁のあったアヴィニョンに到着した時の人々の歓迎ぶりを次のように書いています。「(ピエール一世は)心から誠実に、敬虔さと尊敬をもって迎えられた。枢機卿も街の聖職者も神学生もみな、十字架、司教冠、聖水、たくさんの聖遺物や聖人像を捧げもち、彼に謁見した。その様子はたいへん華麗であった」

この風景を、追いたかった。 そ れ だ け です。我ながらマニアックですねぇ・・・

===アヴィニョン Avignon===

教皇庁宮殿
1309年 - 1377年、7代のフランス出身教皇が教皇庁をアヴィニョンに移し、
ベネディクトゥス12世(在位1334-42)が修道院と要塞を兼ねた宮殿を建設、
次代のクレメンス6世(在位1342-52)はフランス宮廷を意識し、豪華な新宮殿を増築。
フランス革命後に兵舎として使われ、内装や調度品はほとんど残っていないとのこと。
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©Jean-Marc Rosier Wikimedia Commons

ローヌ川を隔てた対岸にあるヴィルヌーヴ・レ・ザヴィニョンに
インノケンティウス6世(在位1352-62)が創設した「祝福の谷の修道院」があり、
そちらの方が内部のフレスコ画などもよく残っているらしいです。

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出発までに終わらないかも~夏休みの宿題(特に右下の資料💦)



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by cembalonko | 2017-08-08 01:07 | | Comments(3)

Commented at 2017-10-15 00:04 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by cembalonko at 2017-11-04 23:58
> k.n.in Kobeさん
メッセージありがとうございます。夫も元気にしています。実は私も、観光で行くフランスにはあまり良い印象を持っていなかったのですが、今回行ってみて、とても気持ちの良い旅ができました。アジア的な親切さはないですが、しっかり個人主義が根付いている国たということを、大人になった今、素直に受け入れられるようになったからかもしれません。南仏は駆け足だったのですが、ゴッホが南仏の光を求めていった気持ちがとても良く分かりました。また行ってみたいです。何より、食べ物がおいしいことが一番!(笑)
Commented at 2017-11-12 00:45 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。