森繁久弥 「想い出」

なぜに想い出を
残すのだ
   喜びもすぎた
   哀しみもすぎた
   苦しみも ひそかな
   ひめごともみんな過ぎた
それをもう一度
そばに呼ぶのかい ・・・ (後略)

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この詩は、本人による朗読のCDに入っていました。
「生きるものは みな 哀しい・・・」
かなしい の言葉が、3回繰り返されて、終わります。

森繁さんは、どんなに辛く、強烈な、
それを心に持っているだけで
ご自身の存在を危うくするほどの経験を、
なさったのでしょう。

または、人生の終盤にあることを悟られた方だけに分かる、
深い思いなのかもしれません。

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私の想い出は、
人との関係に繋がっていることが多い気がします。
とりわけ、別れ(時に、相手の死)の渦中にあるときには、
この詩につづられた感情を、より理解することができると思います。
でも、森繁さんのように、
想い出を自分の中に残したくない訳ではない。なぜなら、
もう会えない人は、想い出の中に生き続けるから。

喜びの後には哀しみがあり、
哀しみの後にはまた、喜びもあるでしょう。
つらい「別れ」や、傷ついた記憶は、
時がたてば、癒えるでしょう。
自分と関わった人が私に残してくれたものの
唯一の証拠が、想い出なら、
私は、それを何度でも、「そばに呼びたい」です。

反対に、もし私が誰かに、何かを残すことが出来たら、
それを持ち続けて欲しい、とも願うのです。
明日、私がここに、
今と同じ姿でいるとは限らないから、
もし、私が誰かに、なにか「いい」ものを残せたなら、
それを、記憶にとどめておいて欲しい。

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森繁さんのお陰で、なんかディープになっちゃったわ・・・
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by cembalonko | 2007-05-26 03:35 | 日々のいろいろ | Comments(0)