ヴィーナス

駅のホームを歩いていて、最近
ドキッ!とすること、ありませんか?

なにが? かというと・・・
いきなり目に飛び込んでくる、美しい女性の裸体。
国立西洋美術館の特別展のポスターです。

ヨーロッパ列強の植民地だった
アメリカ大陸では、昔、
ルネサンス美術の女神像は、忌み嫌われたそうです。

キリスト教の「性のタブー」を刷り込まれた人たちにとって、
いくら 「これは人間の裸体ではなく、
女神の裸体だから、見てもいいんだよ。」
と言われたところで、
やはり目をそらして十字を切ってしまう・・・
ヨーロッパ流の文化の受け入れ方までは、まだ
浸透していなかった訳ですね。

現代の東京で、その、駅のホームから
何の心構えも無いままに目に飛び込んでくる
ウルビーノのヴィーナスに、
なんとなく違和感を感じるのは、なぜかしら?

私にとって、絵を見る、ということは、
その美しさを心に受け取りたい、と、
自分の一番良いタイミングと場所へ、それを求めていくこと。
押し付けられるものではない、と感じます・・・
いや、でも、ヴィーナスじゃなければ
違和感、感じないとも思うしねぇ・・・  ???
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by cembalonko | 2008-01-26 14:12 | 日々のいろいろ | Comments(2)

Commented by k.n.in Kobe at 2008-01-27 00:06 x
久しぶりにこちらによらせていただきました。
目の前にウルビーノのヴィーナスが飛び込んでくることに、
違和感を覚えられるのは、何となくわかる気がします。
前に教会音楽のところで書いておられたと思いますが、
人それぞれ、sense of where it belongs というか、
ものがどこにあるとシックリくるか、違うのでしょう。
広告は、一種の暴力、とある友人が言ったのを
思い出しました。

他方、アメリカ大陸、とくにピューリタンが入った
北米では裸体画、もっといえば視覚芸術一般に不寛容だったというのは
実感としてわかります。
留学先が厳格なピューリタンの立てた学校で、
そこのチャペルにかかっているのは歴代学長(+新島襄)の肖像画のみ
美(特に目から入ってくる美)は人の心を迷わす、という考えで
動いているのが、よくわかりました。
専門がミルトン、つまりは極左ピューリタンなので、
このあたりの感性は頭では理解できるのですが、
あの飾りっ気のなさは何か寂しい、と感じたのを
思い出しました。


Commented by ビケ♪ at 2008-01-28 00:17 x
>広告は一種の暴力
かもしれませんねー。ヨーロッパから帰ってきたときに感じたのは、
成田から東京までの車窓から見えた、看板の文字の洪水。
でも、慣れというのは恐ろしいですね。
10日もたてば、もうすっかり当たり前のことになってる。
でも、公衆の面前に現れた、巨大な裸体のヴィーナスには、
慣れない方がいいような・・・