祈ること

私は、キリスト教の幼稚園でした。
感心なことに、小学生の高学年になるまで毎晩、
お祈りをしていました。

「どうか、明日は大地震がきませんように!」
「どうか、明日は雷が鳴りませんように!」
「どうか、明日はピアノのレッスンでおこられませんように!」
「どうか、明日は体育で『一本橋』がありませんように!」
・・・
・・・
起こって欲しくないことを、延々と言い連ねていた覚えが。
お布団の中でブツブツ言っているのを親に聞かれて、
すっごい笑われた・・・

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自然観察公園の八重桜


祈ることは、自分を含めた誰かの幸せを願うことで、
その「思い」は、世界を創っている誰かに通じると思うのです。

理不尽なことが多いこの世の中に生きながら、
自分には何も変えていく力がないことに気付いて、
「人を幸せにすることなんて、
人生の究極の目的においては、
何も意味のないことだ」と、人から聞いてもなお、
私は、私の周りの人に幸せでいて欲しい。

私は、宗教は、持っていません。
でもまた、毎晩、お祈りすることに決めました。
今度は、「地震・カミナリ・レッスン・一本橋」じゃなくって、
その日に会った人 一人一人の顔を思い浮かべながら。
遠くにいる人のことを、心に映しながら。
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同じく、自然観察公園にて
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by cembalonko | 2008-04-14 00:01 | 日々のいろいろ | Comments(6)

Commented by k.n. in Kobe at 2008-04-15 00:09 x
お元気で活躍しておられるようで何よりです。
親しかるべき、ないしは親しくなるべき人と
喧嘩別れした人間なので
偉そうなことはいえませんが、
キツイことばというか、相手をピシャリとはたくことばを吐くことが
何かかっこいいこととされる中で、
その日会った一人一人の方を祈りのうちに覚える、というのは、
素晴らしいことだと思います。
久しく会わない知人から便りをもらった返信に
Keeping you in my prayer と記すことがありますが、
それを毎晩なさる、ということでしょう。
そしてよく考えてみれば、
Good bye(=God be with you)とか、
Farewell(=[May you] fare well!)といった
日常的な挨拶も、もとをたどれば「祈願文」=「祈りの文」ですね。
(つづりがわからないけど、ドイツ語の「グリスゴット」(?)も、
英語にするとGreetings to God の意だと聞いたことがあります。
使っている人は特に「宗教性」を意識していないでしょうが)

Keeping you and H.さん in my prayer!

Commented at 2008-04-15 00:15 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by cembalonko at 2008-04-15 08:39
一本橋は、そのとおり!
あれ、渡れなかったんですよねー・・・
あそこから落ちて、骨折した人いたでしょ?
Commented by mumbling-miau at 2008-04-15 12:35
何かを祈る、って最近私もないですねぇ・・・。ビケ♪ちゃんを見習わなくちゃ。

もうちょっと信仰心のあった頃の祈りは、「感謝の祈り」の方が多かったかな。
電車に間に合ったとか(笑)、たまたま買ったお菓子がおいしかったとか(笑) 、他人のこと、自分のこと、どんな小さなことにでも「神様ありがとうございます」って祈ってたの。
つまり・・・今、感謝を忘れているってことですよね。反省反省。

ビケ♪ちゃんのこと、祈ってますよ♪(はぁと)
・・・祈るっていうより、いつも思ってる、のが近いかもしれないけど・・・
Commented by ビケ♪ at 2008-04-15 15:46 x
ありがとう♪(はぁと)
そっか、私の場合も、思うっていう方が近いのかも。
感謝の祈りかぁ・・・そういえば、幼稚園で習ったお祈りも、
感謝の言葉で始まってたっけ。
忙しいからって、字の如く、心を亡くしてはダメなのは、
分かっちゃいるけどね・・・私の新たなチャレンジです。
Commented at 2008-04-16 00:13 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。