午後10時の夕焼け

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by cembalonko | 2015-06-24 05:04 | | Comments(0)

ホテルの部屋から大聖堂!

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by cembalonko | 2015-06-24 03:27 | | Comments(0)

ハノーファーからマグデブルクに向かっています。

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ヨーロッパに来て、やっと晴れたと思ったら、
急なにわか雨にやられたり・・・
この時期の天気って、こんなに不安定だったかしら?

ヘーレンハウゼン庭園では、さまざまな趣向が楽しくて、3時間くらい過ごし、
ミュージアムがまた興味深く、結局、ハノーファーの街歩きに出たのは15時過ぎ!

雨の中での旧市街散歩につづき、
1913年に完成したという、宮殿のような新市庁舎を訪れ、
最後に、戦災で破壊されたまま保存されているエギディレン教会に行きました。
エギディエン教会には、姉妹都市の広島から送られた釣り鐘があり、
戦争の悲惨さを忘れないように、との警鐘を鳴らしているかようでした。

写真は、新市庁舎と、エギディエン教会です。
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by cembalonko | 2015-06-24 02:37 | | Comments(0)

ヘーレンハウゼン庭園

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大きすぎて写真に収まりません!
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by cembalonko | 2015-06-23 19:00 | | Comments(0)

ヴュルツブルクからハノーファーに向かいます!

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気温は12℃!寒いです!持ってきた夏物はまるで役に立たず、
出掛けにあわてて入れてきた薄手のセーターとヒートテックばかりが活躍。

これからハノーファーに向かいます。
ヴュルツブルクの駅の裏には、ブドウ畑が広がっています。
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by cembalonko | 2015-06-23 15:26 | | Comments(0)

懐かしのヴュルツブルク♪

今日は、懐かしのヴュルツブルクを訪ねて、1日歩き回りました。

私の通っていた音大は、今は3つの建物に分かれています。

通っていた校舎を訪ねると、すごく綺麗になっていてびっくり!
でも中庭に屋根をつけたようなカフェテリアは変わっていなくて、懐かしかったです。
受付の女性が地図で丁寧に、他の2ヵ所の校舎を教えてくれました。

古楽科がある校舎は、オペラ科と一緒で、レッスン室はほとんどが、声楽専攻の部屋。
古楽のレッスン室の隣はなんと!電子音楽担当の部屋だった・・・

また、私が住んでいた、スティフトハウグ教会の裏のアパートにも行ってみました。
全くかわらずにそこにあり、
道の入り口にある家の門の、由緒がありそうな彫刻も全く変わっていなくて、
時の流れを忘れさせられました。

街で変わったところは、大聖堂の色が白っぽく塗られていたこと。
そして、内部の一部屋(もとは小さな礼拝堂?)に、大聖堂の建築の歴史を示す展示がされていたところも。
街の他の場所も、ずいぶん観光地化されたなーという印象でした。


ヴュルツブルクでは、インターネットカフェもないし、
無料WiFiは普及してないみたいです。
明日泊まるホテルは大丈夫なはず。
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by cembalonko | 2015-06-23 06:30 | | Comments(0)

エミレーツ航空に乗りました!

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まだ離陸まで40分もありますが、乗せられてしまいました。天井には星が輝いてます・・・

エミレーツのチェックインカウンターは、とてものんびり。
空港に2時間以上前に着いてしまい、時間を持て余すかと思ったけど、
あっという間に搭乗時間。早めに来て良かったです。

毛布とヘッドホン、ポーチに入ったアイマスクとハイソックスと歯磨きセットが
座席に置いてありました!

では、行って参りまーす!
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by cembalonko | 2015-06-19 00:00 | | Comments(0)

旅の予定 一部変更

旅の予定を一部変更しました。
リューベックの聖母教会でオルガンコンサートを聴くために、
リューベックに一泊することにしました。

19日(金) 0:30 羽田空港 発
13:20 チューリッヒ空港 着 (タルヴィル泊)
20日(土) 終日 ザンクト・ガレン (チューリッヒ泊)
21日(日) 午前 チューリッヒ 午後 チューリッヒ→ヴュルツブルク (ヴュルツブルク泊)
22日(月) 終日 ヴュルツブルク (ヴュルツブルク泊)
23日(火) 午前 ヴュルツブルク→ハノーファー
夕方 ハノーファー→マグデブルク (マグデブルク泊)
24日(水) 終日 ケーテン (マグデブルク泊)
25日(木) 終日 ツェルプスト (マグデブルク泊)
26日(金) 午前 マグデブルク 
午後 マグデブルク→リューベック (リューベック泊)
27日(土) 終日 リューベック (ハンブルク泊)
28日(日) 終日 ハンブルク (ハンブルク泊)
29日(月) 午前・午後 ハンブルク
21:25 ハンブルク空港 発
30日(火) 22:45 羽田空港 着

あとは、ザンクト・ガレンでもオルガンコンサートが聴けそうです。
あと12時間ほどで出発します。では行って参ります~♪
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by cembalonko | 2015-06-18 12:17 | | Comments(0)

一日一個の取材準備 総集編 後編 (ハンブルクほか)

一日一個の取材準備(6)ハンブルク①

聖ヤコビ教会には、アルプ・シュニットガーが1689年から1693年にかけて製作した
オルガンが残っています(ストップ数60、パイプの数約4000)。
1720年にJ.S.バッハは、ここのオルガニストに志願し、
試験演奏でブクステフーデと並ぶオルガンの巨匠ラインケンに大絶賛されました。
しかし、そのポストを得るには莫大な寄付をしなければならず、結局バッハは辞退することに。
シュニットガーは、ハンブルクで11台のオルガンを製作しました。
そのうちの2台は現存せず、5台がハンブルクにあり、4台が他の町に移築されています。
また、マグデブルクにも、3台のシュニットガーオルガンがあったにもかかわらず、
すべて破壊されてしまいました。
テレマンが洗礼を受けた聖霊教会にも、
その13年後にシュニットガーによってオルガンが設置されていたのです。

一日一個の取材準備(7)ハンブルク②

聖ミヒャエル教会は、1661年に創設され、1751年に焼失、1762年に再建されました。
再建時にはテレマンが献堂式の音楽を作曲し、演奏しました。
またその2年後の1764年に、作曲家で著述家のヨハン・マッテゾンが亡くなった時には、
マッテゾン自身が自分の葬儀用に作曲しておいた葬送音楽をテレマンが指揮し、
マッテゾンを見送りました。
マッテゾンは聖ミヒャエル教会のオルガン建造のために
44000マルクの寄付をし、その教会の地下に眠っています。
リンクは、聖ミヒャエル教会のパノラマ動画。荘厳!超バロック!良いわ~!

一日一個の取材準備(8)ハンブルク③

先輩の勧めもあり、ダメもとでシュニットガーオルガンのある教会に、
試奏許可願いのメールをしてみていたんですが・・・
な、なーんと!ここの教会から試奏許可がいただけました!!!
その気になってシャイデマンやベーム練習してた甲斐があった。
ってまだ3日くらいですが・・・(^▽^;)

ハインリッヒ・シャイデマン・・・ハンブルクの聖カタリーナ教会で30年以上オルガニストを務めた。
後任がラインケン。
ゲオルク・ベーム・・・バッハが学校に通っていたリューネブルクのオルガニスト。
ハンブルクでラインケンに師事した可能性あり。

もう一か所、試奏の可否を問い合わせていたのですが、
シュニットガーオルガンは残念ながら来年まで修復中とのこと。
ここの教会、毎年シュニットガー誕生祭を開催しているらしい。
そして修復期間中の今年も、カルテットの演奏会や、
修復に携わっているオルガン製作家のレクチャーなどが行われるようです。

一日一個の取材準備(9)ツェルプスト

マグデブルクから電車で約40分のところにある町ツェルプスト。
丁度バッハがケーテンで活躍していたのと同じころに、
ここではヨハン・フリードリヒ・ファッシュという、
バッハのライバルともいえる宮廷音楽家が活躍していました。
ツェルプスト・アンハルト候の宮廷があった城館は、
戦災に遭い、まだ修復の途中です。
破壊されていなければ、ポツダムのサンスーシ宮殿やベルリンのシャルロッテンブルク城に並ぶ
立派な城館だったとか。
またツェルプストには、ファッシュの研究機関「国際ファッシュ協会」があり、
2年に一度「ファッシュ音楽祭」が開かれています。
(今年もあったのですが、4月に終わってしまってた・・・)
こちらから、戦災前のツェルプスト城の写真が見られます。
国際ファッシュ協会のサイト

一日一個の取材準備(10)ザンクト・ガレン(スイス)

ザンクト・ガレンの修道院とその付属施設は、世界遺産に登録されています。
ベネディクト会修道院として8世紀から11世紀までの間、
ヨーロッパにおける重要な文化の拠点でした。
特に附属図書館は見どころ。1758年 から 1767年にかけてブレゲンツ地方の建築家
ペーター・トゥンプによって建設され、ロココ様式の装飾が輝く書棚はいまだに現役。
現在約17万冊を所蔵し、そのうちの約400冊が、
なんと1000年以上前の「一点もの」の写本なのです。
西洋音楽の起源であるグレゴリオ聖歌の発展に関しても、
この修道院は大きな役割を果たしました。
修道士で作曲家のノトカー・バルブルス
(グレゴリオ聖歌の作者が分かっている非常に少ない例の一つ)が活躍し、
多くの聖歌の写本を残しました。
その他、カロリング小文字(フランク王国時代に整った字体)の成立過程を示す写本、
アイルランドから来た修道士たちのケルト文化を伝える写本なども有名。
図書館では随時、入れ替えをしながら様々な写本を展示しています。
★現在の特別展示★
「もし本に正義があったら…写本の中のユスティティア(正義の女神)」
「7世紀から17世紀までの法に関する写本の展示。
古高ドイツ語の記念碑的遺産や、中世初期の色彩豊かな挿絵写本、
そしてアングロサクソン語の伝承について垣間見ることが出来る。」
…うーん、法律ですか…む、難しそう…グレゴリオ聖歌の写本が見たかったんですけど…
実物が見られなかったら絵葉書買ってこようっと!

一日一個の取材準備(11)ヴュルツブルク

最終回。今回唯一の私的に行きたかった町、ヴュルツブルク。
ロマンチック街道の出発点として、またドイツ最大のバロック宮殿「レジデンツ」
世界遺産になったことでも有名。私が3年間チェンバロを勉強した町です。
毎年開催される「モーツァルト音楽祭」はこのレジデンツ宮殿の広間で行われます。
夜に松明の明かりのもとで行われる庭園での演奏もあり、
10€で入れる当日席には、敷物を持った場所取りの長蛇の列ができます。
私も芝生の上で、みんなで持ち寄ったお弁当を食べながらコンサート聴きました!懐かしいなぁ・・・
リンクは、レジデンツ宮殿のバーチャルツアーです。

♪ ♪ ♪ ♪ ♪

一日一個の取材準備、11回に渡りお付き合いいただき、ありがとうございました。m(__)m

なぜ「取材準備」かというと、来年の春の出版を目指して、
音楽と町と人とのつながりをテーマに、本を書いています。

西洋音楽の起源から18世紀くらいまでを扱う予定ですが、
このころまでの音楽は、現代よりももっともっと、「人間」と密に結びついていました。

例えば、音楽を伝える方法も、電気や電波を通して、なんていうことはありえず、
人の手による生演奏をじかに聴くか、
人の手によって膨大な時間をかけて作られた楽譜を見るしかなかったわけです。
人間の営みは、それぞれの時代特有の社会・産業・宗教観などにあらわれ、
音楽のあり方はそれらとは切っても切れない関係でした。

チェンバロ弾きの取材旅行だったら、もっとオリジナル楽器をいっぱい弾きに行くとか、
楽譜を集めるとか、そういうことでも良かったのかもしれません。
でも、チェンバロが関わった音楽、そして当時チェンバロを弾いていた人たちについて、
包括的に見渡した時に、このような「人の営みと音楽とのつながり」という視点を、
もっと深めてみたいと思いました。

現地からレポートできたらいいなぁ、と思っています。(^▽^)ノ”
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by cembalonko | 2015-06-14 23:09 | | Comments(0)

一日一個の取材準備 総集編 前編 (チューリッヒほか)

6月19日から30日まで、ヨーロッパへの取材旅行に行くことにいたしました。
その準備として、Facebookに「一日一個の取材準備」と題して
投稿したものを、こちらにまとめました。

一日一個の取材準備(1)チューリッヒ

チューリッヒの聖母聖堂には、シャガールが描いたステンドグラスがあります。
(情報提供:廣澤麻美さん)
こちらのリンクから360°のパノラマが見られます。

1953年にジュネーヴのオルガン工房によって作られた
ロマン派オルガン(79ストップ、4段鍵盤+ペダル、のちにフェルンヴェルクが拡張)は、
マルセル・デュプレがストップの起草をし、お披露目演奏もしたのだそうです。

このサイトすごい!
チューリッヒのオルガンが設置場所・オルガンのタイプ・製作者などで検索できます。

一日一個の取材準備(2)ケーテン

J.S.バッハは1717年から1723年まで、
ケーテンの宮廷楽長を務めました。
平均律クラヴィーア曲集、無伴奏チェロ組曲、
無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ&パルティ―タなど、
彼が器楽曲の名曲を書いたケーテンの町のバーチャル街歩き!

一日一個の取材準備(3)ハノーファー

ヘーレンハウゼン庭園
ヘンデルがロンドンで本格的な音楽活動を展開するきっかけは、
ハノーファー選帝侯に仕えたこと。この庭園(と宮殿)はヘンデルが仕えた
ゲオルク・ルードヴィヒ(のちのイギリス国王ジョージ一世)の父
エルンスト・アウグストが整備したもの。
もちろん復元されたものではありますが、
ヘンデルは少なくともこの場所に立ったことはあるはず。

一日一個の取材準備(4)マグデブルク

テレマンが生まれて13歳くらいまでを過ごした町。
一般的には、神聖ローマ帝国初代皇帝オットー1世の縁の地として有名。

大聖堂・・・ドイツ初のゴシック建築。937年に初代神聖ローマ皇帝オットー一世が聖マウリティウスにささげた修道院として設立、968年に大聖堂(大司教座)となった。当時イタリア北部から運ばれた斑岩・大理石・グラナイトなどで作られた柱が現在でも聖堂の内部に残っている。973年にオットー帝が亡くなり、この大聖堂に埋葬。
1207年に大火事で聖堂が激しく破壊されたのち、アルブレヒト2世が新たな聖堂を建てることを決定。1362年にゴシック様式の聖堂が完成、1520年に高さ104メートルの西側の2つの塔が完成。
1524年、マルティン・ルターが何度か説教に訪れ、大聖堂はルター派に転じる。明るい石造りの空間と、あらゆる時代・あらゆる国の美術品がこの聖堂の見どころ。オット一世とその妻エドギタの石棺、ローマ時代の銅の墓碑板、初期ゴシックの砂岩彫刻(正面入り口の『賢い乙女と愚かな乙女』)、14世紀の聖職者席の彫刻、ルネサンス時代の絵画、20世紀バルラッハ作の記念碑など。

一日一個の取材準備(5)リューベック

リューベックでは、バッハが強い影響を受けた巨匠ブクステフーデが、
聖母マリア教会のオルガニストを務めていました。
バッハは彼の主催していた音楽会「アーベントムジーク」を聴くために、
徒歩でリューベックに赴いたのです。
ブクステフーデの時代、リューベックの町には5つの主要教会があり
(聖母マリア教会、聖ヤコブ教会、聖ペトリ教会、聖カタリーナ教会、聖アエギディウス教会)、
それらはすべて、まだ残っています(建物は戦災に遭ったところもある)。
聖アエギディウス教会の周りは、13世紀に始まったベギン会修道院ゆかりの建物を生かして、
1990年代から社会福祉住宅として使われているとのこと。

後編につづく・・・
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by cembalonko | 2015-06-14 15:00 | | Comments(0)