マグデブルク G.P.テレマンの生誕地

祝!メルマガ第50号 連動企画! マグデブルク G.P.テレマンの生誕地
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マグデブルク大聖堂。968年より大司教座がおかれる。
現在の建物は1362年に完成した、ドイツで最も古いゴシック建築。
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大聖堂内部。祭壇から後ろに向かってみたところ。
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市壁の跡 少年だったマルティン・ルターはこの門をくぐったのだろうか・・・
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市庁舎とマルクト広場
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テレマン記念碑。もともとこの場所には彼が洗礼を受けた聖霊教会があった。
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聖ヨハネ教会前のマルティン・ルター像。
1497-98年にマグデブルクの学校に通い、1524年に何度もこの街で説教を行った。
その結果、マグデブルクの街はその年のうちにルター派に改宗。大聖堂もルター派の教会となった。


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by cembalonko | 2015-07-22 14:43 | 音楽 | Comments(0)

ハンブルク美術工芸博物館 ツェル製作2段鍵盤チェンバロ(1728年)

祝!メルマガ第50号 連動企画! ハンブルク美術工芸博物館 所蔵楽器 Part.1
クリスティアン・ツェル(Christian Zell, 1683?-1763、活動期間c.1722-c.1741)1728年製作 2段鍵盤チェンバロ
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楽器全体
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ケースの装飾アップ
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ふたの裏に描かれた絵
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響板に描かれた絵
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楽器を裏側から見たところ(ケースの表側と違う模様)
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鍵盤側


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by cembalonko | 2015-07-21 10:31 | 音楽 | Comments(0)

「修復されたもの」について考える

12年ぶりのヨーロッパ旅行から帰ってきて一週間がたちました。
昨日、帰国後初めてのリハーサルに臨み、
やっと普段の自分の生活に戻れたような気がします。
時差ボケもやっとなおりましたぁ\(^o^)/

♪ ♪ ♪ ♪ ♪

スイス・ドイツの街々を本当にインテンシヴに訪ね廻った11日間というのは、
あーあ、やっとドイツ語勘を取り戻したのに~!
ってくらいの期間。
相変わらず、あちらでは時間の流れがゆっくり。
それも、無駄にゆっくりなのではなく、
必要なことに必要なだけ時間をかける、という、価値の詰まった時間が流れていました。

人に対しても、じっくり向かい合うだけの時間をとってくれる。
たとえばお店で買い物をするのだって、せかされないし、
東京みたいに、誰もかれもが急いでいない。
スマホを見ながら歩いている若者も見かけたけれど、
日本ほどせかせかしてはいませんでした。

無理・無駄のないしっくりとした時間の流れの中に身を置いていた時の感覚を、
忘れたくはないのだけれど、
日本の濁流のような時間の流れに、やはり飲み込まれていく自分がいます。
でも、たった11日間ではあったけれど、あの感覚を思い出せたことは、
きっとこれからの役に立つことでしょう。

♪ ♪ ♪ ♪ ♪

「修復されたもの」について考える

ケーテンの街は、私たちにとってはJ.S.バッハが活躍した街として
知っている人も多いと思います。
(といっても一部のクラシック音楽・古楽ファンの間くらいかもしれませんが)

バッハが楽長を務めていた宮殿は、第二次世界大戦で被害を受けた上、
その後の旧東ドイツの時代に、残った部分も改造されてしまいました。
例えばバッハが結婚式を挙げた宮廷礼拝堂は、体育館に、
城館の一部は、刑務所にされたとのことです。

現在はかなり修復が進み、
博物館となって公開されている城館2階のうち2部屋と、
宮廷礼拝堂、晩さん会などが行われた鏡の間が、
バッハが活躍した当時の様式によって美しくよみがえっています。
おかげで、ああ、バッハはこんなところで演奏したのだな、
こんな部屋でケーテン候と会話を交わしたのだな、と、
想像力を羽ばたかせることができます。

「この素晴らしい宮廷礼拝堂を無味乾燥な体育館にしてしまうなんて、
旧東時代の人たちは何てことをしてくれたんだ!」
・・・そんな心の声をきく自分がいる反面、
「いや待てよ、旧東の時代にも、そこには普通の人々が普通の生活を営んでいて、
もしかしたら、宮廷礼拝堂だった体育館には、
地元の子供たちの元気な声がこだましていたかもしれない。
そして、堅牢だったゆえに刑務所になった城館も、
街の治安維持に一役買っていたはず・・・」

修復されたもの、というのは、当然のことながら、当時の物そのものではないです。
当時と同じ材質の壁紙を張り、当時と同じ手法で化粧漆喰の浮き彫り細工を施してはいても、
それは、現代の人の手によって成されたもの。
あるランドマークが、それが最も華やかだった時の姿に戻ることは
喜ばしいことであるのは確かだけれど、
それによって、それ以外の歴史が無視されてしまったり、
隠されてしまったりすることが、あるのではないでしょうか。

私が何でこんなことを思ったかというと、
同じアンハルト候の領内で、ファッシュという音楽家が宮廷楽長をしていた
ツェルプストという町を訪れたからなのです。
そこでは、宮殿も主要な教会も、
ほぼ戦災に遭ったまま、廃墟の姿で残されていたのでした。

遠い日本から旅行をしていくには、時間的な効率は大事ですし、
やはり、有名な観光地を廻りたい、と思うのは人情でしょう。
私が日本人なんて誰も行かないようなツェルプストを訪れたのは
音楽家ファッシュに導かれたからにすぎないのですが、
例えばケーテンの宮廷礼拝堂のように、
ある場所が現在の姿に至るまでの経緯をたどって、
そうした歴史の「きれいだった」ばかりでないところにも
思いをはせることができたら、
その土地やそこに生きた人のことを、
よりよく知るということになるのではないか、と思いました。

長文、失礼いたしましたm(__)m 写真はツェルプストの聖ニコライ教会です。
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by cembalonko | 2015-07-09 01:05 | | Comments(1)

取材旅行から帰ってきました!

12日間の、スイス・ドイツを巡る旅行から帰ってきました。
中11日間で10の街をまわるという、詰め込みすぎの日程でしたが、
おかげさまで、やりたいことはやりつくした感じはありました。
オルガンコンサートを3つも聴くことが出来たり、
自分自身でも、300年前のオルガンの音色を響かせる体験が出来たり・・・
時差ボケはまだありますが、明日から通常業務に戻ります。

今回の旅行については、Facebookの公開ページで
「一日一個の取材準備」(全11回)と、
旅行中の投稿(ブログ掲載以外の都市を含む)でレポートしていますので、
よろしければご覧くださいませ。


写真は、ハンブルクの聖ミヒャエル教会。
C.P.E.バッハや、J.マッテゾンが眠る教会です。
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by cembalonko | 2015-07-02 21:51 | | Comments(0)