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『ベートーヴェン捏造』を読んで

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ベートーヴェン捏造、やっと完読しました。
(いまごろ・・・でごめんなさい!)

この作品には、ベートーヴェンに憧れ、秘書を3年弱務めたにもかかわらず
彼に厭われて失望し、あげくのはてにベートーヴェンの死後
その生涯を「改竄」するという犯罪行為に手を染めた、
アントン・フェリックス・シンドラーという男の生涯が描かれています。

耳の聞こえなくなったベートーヴェンが筆談のために使っていたノートは、
のちにシンドラーによって『会話帳』という名前を与えられることになります。
そこには、ベートーヴェン自身の言葉はほとんど書き込まれていません。
なぜなら、彼は耳は聞こえなかったが、話すことはできたからです。
結果『会話帳』にはベートーヴェンと話した「相手」の筆跡のみが残ることになります。
後世の人々は、ベートーヴェン自身の言葉をそこから想像するしかない。
それをいいことに、シンドラーはそこに、
実際にはなかった「会話」を捏造し、それを想像させる書き込みをしてしまう・・・

これは、犯罪行為です。
後世の人たちはそれによって、
真実を知ることを妨げられるだけでなく、
虚偽を信じ込ませられるからです。絶対に許せない行為。

こんな悪事を働いた人物が、どのように描かれているのか。

私はこの本を読んで、シンドラーを糾弾する気持ちにはなれませんでした。
彼と彼の周りで起こる出来事に引き込まれていくうちに、思わず同情してしまう、
そんな心持ち。
なぜなら、著者はシンドラーを、
私たち誰もが陥らないとは限らない感情の持ち主として描いているからです。

並外れて強い「憧れ」と、それが届かなかった「失望」。
自分が得られなかった信頼や友情や愛をかち得た
他者に対するゆがんだ感情。
自分にとっての「ヒーロー」の神々しい姿が、
事実が暴かれることによって、傷つくことへの恐れ・・・

ベートーヴェンの死後、彼の伝記の出版をめぐり、
近しかった者同士の競争になる場面があります。
そこでもし、著者がシンドラーを
自分の手柄や賞賛のために
『会話帳』の改竄行為におよんだ者として描き出したなら、
シンドラーを心底悪者にできたと思います。
しかし、実際はそうではなくて、
大好きな師に嫌われた哀れな弟子兼秘書が、
それでも憧れの人を、後世の人の誹謗中傷から「守る」ため
何も疑いを持たず罪に手を染めてしまった。
そうした悲哀に、私は共感してしまいました。

かげはらさんの文章は、修士論文がもとになっているというだけあり、
史実を吟味し、現在までのベートーヴェン受容の状況を事細かに調べられ、
史料として読みごたえのあると同時に、
物語としてのエンタメ性が抜群に光っている作品でした。

少しばかり文章を書いた経験がある者としては、
こんな風に書けたら、楽しいだろうな~♪
と、うらやましく思いました。

PS 本筋とはあまり関係のないところですが、
個人的に面白かったのは、
当時の社会的状況が散見されるところです。
例えば・・・

☆フランツ・リストが、ボンのベートーヴェン記念像の除幕式の時に
失言して大炎上する場面(19世紀のナショナリズムの状況が分かる)

☆ベートーヴェンの甥カールが自殺未遂をして
司教の監視下に置かれる場面
(19世紀になってもなお教会制度に縛られていた状況が分かる) など。

ほぼ2日で読み切ってしまいました♪
スピード感があって面白かったです♪




by cembalonko | 2019-06-15 14:55 | 知的好奇心 | Comments(0)